最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)319号 判決 1949年5月18日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人牧野芳夫上告趣意第二點、辯護人森長英三郎上告趣意第二點及び辯護人青柳盛雄上告趣意第二點について。
勤労者の労働條件を適正に維持しこれを改善することは、勤労者自身に對して一層健康で文化的な生活への途を開くばかりでなく、その勤労意慾を高め一国産業の興隆に寄與する所以である。然るに勤労者がその労働條件を適正に維持改善しようとしても、個別的にその使用者である企業者に對立していたのでは、一般に企業者の有する經濟的実力に壓倒せられ對等の立場においてその利益を主張しこれを貫徹することは困難なのである。されば勤労者は公共の福祉に反しない限度において、多數團結して労働組合等を結成し、その團結の威力を利用し必要な團體行動をなすことによって適正な労働條件の維持改善を計らなければならない必要があるのである。憲法第二八條はこの趣旨において、企業者對勤労者すなわち使用者對被使用者というような關係に立つものの間において、經濟上の弱者である勤労者のために團結權乃至團体行動權を保障したものに外ならない。それ故、この團體権に關する憲法の保障を勤労者以外の團體又は個人の單なる集合に過ぎないものに對してまで擴張せんとする論旨の見解にはにわかに賛同することはできないのである。もとより一般民衆が法規その他公序良俗に反しない限度において、所謂大衆運動なるものを行い得べきことは、何人も異論のないところであろうけれど、その大衆運動なるの一事から苟くもその運動に關する行爲である限り常にこれを正當行爲なりとして刑法第三五條に從い刑罰法令の適用を排除すべきであると結論することはできない。所論の労働組合法第一條第二項においても労働組合の團體交渉その他の行爲について無條件に刑法第三五條の適用があることを規定しているのではないのであって、唯、労働組合法制定の目的達成のために、すなわち、團結權の保障及び團體交渉權の保護助成によって労働者の地位の向上を圖り經濟の興隆に寄與せんがために、爲した正當な行爲についてのみこれが適用を認めているに過ぎないのである。從って勤労者の團體交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に該當する行爲が行われた場合、常に必ず同法第三五條の適用があり、かゝる行爲のすべてが正當化せられるものと解することはできないのである。本件においても原審の確定した事実によれば「被告人は、元第一陸軍造兵廠退職從業員の一部その他有志者により結成せられた生活擁護同盟の委員として右同盟の委員長であった亡吉田稔等と共に、財團法人共栄會十條支部所屬御代臺倉庫内に貯藏されていた大豆その他の物資を隠退藏物資であると推斷して、これを直接適発し右同盟に分配することを企て、同盟員の手により東京都元滝野川區、板橋區、王子區の居住者約二千名を集合し、被告人等においてその代表者となりこの民衆と共に前示共栄會十條支部長小林軍次に對し該物資の譲渡方を交渉した。」というのである。これを前段説示するところに照らせば、被告人の右行動が憲法第二八條の保障する勤労者の團體行動權の行使に該當するものでないことは多言を要しないところであり、從ってポツダム宣言の受諾に伴い新憲法施行前既に右憲法の保障するところと同様な勤労者の團體行動權が存在したか否かとの論點につき判斷するまでもなく、本件被告人の所爲が勤労者の團體行動權の行使に出ずるものであり、その團體行動に關する行爲である以上、本件については當然刑法第三五條の適用があると主張する所論のすべて理由なきことは明白であろう。(その他の判決理由は省略する。)
よって舊刑訴法第四四六條により主文の通り判決する。
この判決は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)